私がこの町に流れ着いたのは、親を失って私が身寄りの無いままに歩き続け、一年ほど経った日のことだった。
　父は母を身籠らせた直後に行方をくらましたらしく、母はまだ幼い私に幾度となく愚痴をこぼしていた。そして、女手一人で育てていた母を少しでも楽にさせてやりたい一心で私は生きるための術を学び――六歳で母から捨てられた。
　最後の言葉は今でも覚えている。
『アンタそれだけ出来るなら、もう一人でも生きていけるでしょう？ じゃあね、次会った時には私に孝行してちょうだいね』
　――あぁ、この世はかくも、生きづらい。決して優しくないこの世の中で、私に居場所ができたのはそれから五年後のことだ。

　まず、私が捨てられて一年。私は非正規な冒険者として活動しながら、放浪していた。まだ成人などしていない私は、自らの身分や種族を偽って、冒険者の真似事をすることで日々を食い繋ぐようになった。
　その中で魔法も身に着けたが独学であったが故に、魔術師に付き物な学者(セージ)の知識は伴うことはなかった。
　そんな中私が辿り着いたのは、様々な種族の逸れ者達が集う小さな町であった。当然、そこに住む人々は腹に一物も二物も抱えた者達で、それでも私の住まいを用意して、身寄りのない流浪者(わたし)を一人の人間(わたし)として扱ってくれただけでも有難かった。

　そして逸れ者の町に私が居着いてから四年の歳月が経ったある日、また一人住民が増えた。当時十一歳の私より二つだけ年上であるというだけで姉面をする「ソンツァ」というナイトメア。底抜けに明るく、多くの失態(ドジ)を踏む彼女は、幾度となく私の神経を逆撫でする存在であった。
　何故関わるのかと聞けば、しかめ面でいるより笑ってる方が良いでしょ、などとへらへらとした表情で言ってくる。何故私なのかと聞けば、年が近い同士友達になれたら良いよねなどと世迷い事を口にする。
　そんな彼女に付きまとわれるうちに、私は彼女に反発するのでなく、ただあしらうようになり、やがてそんな彼女を好ましく思うようになっていった。

　あぁ、私が成人した日には、随分と大きな縫(ぬ)い包(ぐる)みを贈られたのも覚えている。彼女が慣れない手つきで作った、不細工な兎の縫い包み。私がなんだかんだと文句を付けながら、物には対価が必要だと無理やり硬貨(ガメル)を握らせ、その日から私の宝物になった、今や少し糸が解れたり布地が縒れたりしているボロボロの縫い包み。
　貴女は私にとっての、心の拠り所だったんだよ？ それなのに――

「――貴女は、もう忘れちゃったのかな」
「……うぅん、まだ、覚えてるよ。ルゥナ」
「そっか……」
「でも、忘れてしまうのも、時間の問題かもしれない。あはは、怖いなぁ……」
　彼女は、呪(のろ)いを抱えていた。「一年に一つづつ、自らの大事な記憶を忘れていく」……そんな、残酷な呪いだった。
　彼女が逸れ者であるのに底抜けに明るかったのは、自分の執着していた(大事にしていた)逸れたときの記憶を失っていたからで、彼女が私に構っていたのは、大事な人を作ることで、自分の生きるために最低限必要な記憶を失わないためだった。
　しかし、私との思い出を重ねすぎた結果――彼女は、記憶を失うことを恐れるようになっていた。他ならない、私のせいで。

「――それじゃあ、私は行ってくるね」
「うん、頑張って」
　だから、私は旅に出ることにした。彼女に呪いをかけた者を探し、そして彼女の呪いを解くために。
　……いや、正確にはそれだけでない。私も怖かったのだ。他でもない、私の前で私のことを忘れる瞬間を見てしまうのが、怖かっただけだ。臆病者の私を責めるだろうか。それでも私は彼女を助けるために、彼女を見捨てようとしている。あぁ、本当に――

　――この世は、かくも生きづらい。

　厭世家にして臆病、人間不信と自らに対する嫌悪が特徴。
　ただ只管にダウナー気質ではあるものの、それによって誰かを害するつもりもない。端的に表現すると、面倒臭い拗らせた少女。彼女にとって冒険者の仲間というのは単なる同行者にすぎず、また冒険の困難とは自らが逃げる為の事象にすぎない。
　あくまでその性格の中枢にあるのは、自らの過失や嫌悪であり、本質は他者との関わりを重んじる心優しい性格である。つまり、他者に冷たい態度を取るのも、他者との関わりを深めることに対する恐怖から来ているものだ。
　自ら自身を“逸れ者”と評するなど、自己評価が低いところもあるが、他者への視点は安定して公平に評価する。また、感情的になりにくく、怒りや喜びの感情が薄い傾向にある。ただし、悲観は表に出さないものの、結構な頻度でしている。
　一人きりでの冒険の最中、様々なトラブルに巻き込まれている。そのため、なるべく肌を露出せず体型の出にくい鎧、護身用の武器になる程度に重量のある杖など、自らの身を守るために調達している。また、男性が少しだけ苦手。

　そんな彼女には、とある習慣がある。一ヶ月に一度、親友のもとへ【ピジョンメール】を用いて手紙を送ることだ。自身の旅の思い出を手紙として送り、彼女にとっての「大切な思い出」にしてもらいたい――その一心で、彼女は手紙を送り続ける。
　たとえ、その親友からの返事がなくても……親友のもとに赴くのを怖がっていても、それでも彼女は送り続ける。それが、彼女にとっての「贖罪」だから。